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もてない人間の雑記帳・ゆるく断捨離中

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津村記久子『やりたいことは二度寝だけ』を読む  

やりたいことは二度寝だけ
やりたいことは二度寝だけ

津村記久子さんのショートエッセイ集『やりたいことは二度寝だけ』を読んだ。
非常によかった。家に置いておきたい本だ。

津村さんは「OLの日常小説」とでも言おうか、とにかくしがない会社員が出てくるお話を主に書いている方です。
なぜわざわざ「しがない」と形容したかと言うと、アフター5はおしゃれなレストランで彼とディナー♡とか、エステでリフレッシュ♪とか、合コン三昧☆とか、まるで雑誌の「着まわし30days」に出てくるようなOLさんの日常ではなく、本当に淡々とした会社員の視点による小説が多いからだ。
上司がいて先輩がいてお局様がいて…っていうフィクションだけど現実でありそうな世界、でもやっぱり虚構の世界というのが津村さんの小説の常である。

私がこの作家さんの物語に出会ったのは、たしか『そういうものだろ、仕事っていうのは』というオムニバス短編集に収録されていた『ブラックボックス』という話だったと思う。
自分の元にやってくる書類を絶妙にさばく人が社内にいて、書類の依頼主によっては時にせんべいの缶に葬って出すべきタイミングで出す…とかそういう話だったと思う。
リアルな人間観察っぽくて印象に残っている。
せんべい缶というアイテムの選び方とか妙な現実味とか。
そして先日『ポトスライムの舟』を読んでそれもえらく気に入ったという経緯があったので、エッセイを手に取ったのです。

驚いたのは、(今もそうかはわからないけど)日中は会社員として働き、仮眠を取って夜中に小説を書いておられるということだ。
小説のオフィスがやけにわざとらしくなく現実的なことに合点がいった。
人間やろうと思えばこんなこともできるのだなと感心した。

「なんでもないことを面白く書く」のがエッセイのコツだとは思うけど、もっと言うと「人が気にしていないものに独自の「気付き」を与える」のもエッセイの在り方だと思う。
その分野だと最近読んだ谷川俊太郎さんのエッセイなんかはさすが着眼点が詩人だし、詩人なのに気取っていないわかりやすい言葉だけで書くんだな、いやむしろ詩人だから言葉を選ぶのが上手なのかといたく感動した。
かつてのさくらももこさんも、どうでもいいことを書いているんだけど、その報告のしかたがプロだなと思わせるエッセイを書いていた。
彼女の場合は自分のことを書きつつも、その中身の経験と少し距離をとっているやり方つまり自分のことでありながらどこか客観視して書くということに非常に長けていたから面白いのだと思う。

津村さんもなんとなくさくらももこさんのエッセイに雰囲気が近い。
健康に興味があるところとか(笑)、自分に対して冷静なツッコミや疑問を投げかけているところとか。
スズムシに関する話があったのでさくらももこさんの「スズムシ算」を無意識に思い出してしまったのかもしれない。
それにしても、津村さんなりのこだわりとか人柄が見えて非常におもしろかった。
具体的にはちょこちょこ出てくるメモやマスキングテープなどの文具の話や植物や生物の話が好き。
私も「ずぼらなくせに妙なことにこだわるタイプ」だったりするので、他の人がなんとも思っていないようなことについて持論を展開している他者の存在というのは興味深い。
ご本人があとがきで書いていたように、ちょっとしたときにぱらぱらとめくりたくなる本だ。
津村さんとお友達になりたいと思ってしまった。

ちなみにこの本に教わった、A6の裏紙メモを3回半分に折って罫線代わりにするというライフハック(貧)は早速活用しています。
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category: 読んだ(本)

tag: 津村記久子 
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捨て報告14/6/9  


ごみ写真ですみません。
一袋分の服を処分する。
ユニクロの服は店舗に回収箱があった気がするからそこに投げてくる。
たしかユニクロ製品ならなんでもOKだったはず。
本当に、この国はモノに溢れてるけど、こうやって捨てられたものたちもそれ以上にたくさんあるんだなと思うとどうすることもできないことに気が遠くなる。
豊かすぎて怖いと感じるのは自分ではないはず。
いつか来るはずのしっぺ返しにおびえているんだと思う。

category: 掃除・物減らし

tag: 捨て報告 
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読書記録しおり ワタシ文庫と読書ノートの話  


読書記録しおり ワタシ文庫
という、昔懐かしい貸出カードを模したしおりを見つけて、つい買ってしまった。
この緑色の他に、あずき色、紺色があった。
しおりでありあがら、日付、書名、著者名、感想が書ける。
本物の貸出カード用ポケットもついていて、なかなかに味のある一品です。
3枚入り。
読書記録自体はブクログとノートを使ってつけてるんだけど、これはモノ自体の素晴らしさに惹かれてしまった。
紙ものはいいですなあ。

ついでに読書ノートの話をします。
「ねぎま方式」というのを本で読んで、主にその手法を用いている。
読書中に気になったところにふせんを貼っておいて、(これも本屋のオマケでもらった先がとがっている「新潮ワタシの一行ふせん」)読み終わったらページと共にノートに書き写す。
ふせんはしおりにあらかじめ何枚か貼っておく。
ブクログにも引用を記録できるんだけど、手で書いた方がより頭に残る気がするのでノートに書いている。
でも記憶力がよくないのでどっちにしろ忘れる。
でもノートを見返す楽しみがあるから手書きでいいかなって感じだ。

引用を書いたら、それに対して思ったことや疑問点などを違う色のペンで書く。
この繰り返し。引用と感想が交互になるのでねぎま方式。
ポイントは引用(著者の言葉)と感想(自分の言葉)の色を分けること。
そしてその色を好きな色にすること。これは気分的な問題。
ねぎま方式を知る前はごっちゃに書いてたんだけど、何が自分の考えなのかが整理しづらくなっていた。
いわゆる「アウトプット」が雑になってしまっていたんだよね。
「自分が」どう思うか、ということはなかなかに重要だと思うのでこの方法はシンプルながら有用だなと思っている。
私も全部の本の記録をノートにつけているわけではないし、書きたいときに適当に書くのが長続きの秘訣かなと思う。
あとは人物相関図とか絵とか思いつくままに書いている。
次は方眼のノートにしたいな。
書くって楽しい。

category: 読んだ(本)

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生活はできそう?  

会社に行くのが辛くてこの世を恨んでいると、仕事は嫌じゃないと言っていた某君のことを思い出す。
仕事に対する姿勢が自分本意ではあるけれど前向きで羨ましいと思ったし、いつまで経っても仕事というものとの付き合い方がわからず、割りきれもせず辛いしんどい休みたいしか言わない自分は軽蔑されているのではないかと不安になる。
決してそんな人ではないとわかってはいるけど。
ふと今会って話がしたくなった。

人間の人格を形成するのに、育った地域の違いも大きく影響するような気がする。
都会ではないけど田舎でもない場所で生まれ育ってしまった私は、生活全体に妙に余裕がなくせせっこましい気がしてならない。
そして不安を感じやすい体質のような気がする。
誰か調べてみてほしい。

category: ふつうの日記

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要領のいい人  

会社に食堂がある。
そこを利用する人もいれば自分のデスクで弁当やコンビニのパン等を食べる人もいれば時間も店もかなり限られているが近場の飲食店に行く人もいる。
たまに一人になりたすぎて少し離れた公園まで出向く私のような人間もいる。

で、私も週に1、2回は社食に行くんだけど、どういうときに行くかというと掲示してある月の献立表をあらかじめチェックしておいて、めぼしいメニューの日を選んでいる。
社食は他部署の人との交流の場でもあるので、面倒だけど小さい会社だしなるべく相席してコミュニケーションをとるようにしている。
(やりたかないけど仕事で関わらなくてはならないときや社内イベント等でのぎこちなさを少しでも緩和する意図がある)
ちなみに決まって一緒に昼食をとるような親しい人は私にはいない。

うちの部署は昼時に島を無人にするわけにもいかなければ自席での食事もできないので、曜日でシフトを組んで毎日順番に昼休みをとっている。

それでここからがタイトルの話。
先ほども述べたように私は食事の内容で社食に行くかどうかを決めるんだけど、先輩で部署内の決まった人としか社食にいかない人がいる。
うちの部署には誰にでも冗談が言えるようなコミュ力の高い明るいおばちゃんがいるんだけど(そしてほぼ毎日食堂派)、先輩はそのおばちゃんとしか社食に行かないのだ。
これが何を意味しているかというと、おばちゃんと一緒なら社食でのあまり親しくない人間とのコミュニケーションで絶対に会話が詰まったり気まずい思いをしたりすることがない。
おばちゃんの力によって生み出される楽し気な空間(あくまで楽し「げ」)を自分も共有できる。
先輩はおばちゃんを盾にして「誰とでもコミュニケーションをきちんととる人」と定期的に社食に顔を出して印象づけることによって「社食を使って売り上げに貢献している人(わが社ではなるべく食堂の売り上げに協力することが推奨されている)」という評価を同時に手に入れているのだ。
ちなみに彼女は他の日はもっぱらの弁当派。
たまには私と同じ曜日にご一緒してくれたっていいのに…

別に何も悪くないんだけど、なんだろうこのモヤモヤする気持ちは…
妬ましいなら自分も真似すればいいだけの話なんだけど、そういうことじゃないんだよなあ。
毎週その曜日になると、朝のうちに嬉々として二人分の食券を買い求めに行く先輩を見ると今週もか…と思ってしまう。
要領がいいってこういうことを言うのだなあと。

なぜ私がこんな恨み節かと言うと、おばちゃんがいつの間にか自身と同年代の調理スタッフさんと仲良くなっていて、某人気メーカーのハンドクリームをもらっていたんだけど、先輩もそれをもらっていたからだ。
私のほうがいっぱい利用してるし、そのスタッフさんとも世間話してるのに…!(いやしい)

名誉のために言っておくと先輩は決して嫌な人ではないです。
愚鈍な私に日々イライラしてる節はあるけどそれは私が悪い。

このどうでもいい話のニュアンスが伝わるかどうか自信がないのですが、やはり世の中「うまくやったもん勝ちだな」と思うこの頃であります。
大人になって自己演出力も能力のうちだということを悟った。

category: よもやま話

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捨て報告 雑誌切抜き/紙もの編  

久々に掃除をした。

・雑誌の切り抜きの処分
仕事で家にいる時間が短く、週に一度の休日は庶務で外に出ることが多かったため、ここの所部屋が荒れに荒れていた。
そして、前々からやらなきゃやらなきゃと思っていた音楽雑誌の切り抜きファイルの整理をした。
ポケットファイルが4冊と、整理せず詰め込んであるクリアファイル数冊。
切抜きって、取っておいても見ないものランキング首位に限りなく近いと思う。
でも、捨てられないんだよな。
今日もさすがに全部は処分しきれなくて、解散したグループのインタビュー記事数件と、今いちばん好きなグループのフライヤーだけ残した。
断腸の思いで処分したものもあったけど、大部分は今となってはさほど興味がない記事だった。
おかげでファイル4冊が1冊になった(それでも1冊あるのかいというツッコミは…笑)

・昔の書類
前職前々職関係の書類をごっそり処分した。
履歴書用紙が大量に余っていてもったいないけど周りに欲している人がいないし、履歴書用紙を求職中の人に分け与えるのってちょっと嫌味じゃないかなと思ったりもして…
前職はすぐやめてしまったのだが、その研修資料などを見ていて辛かったあの頃がよみがえってきて、これに比べれば今はまだマシな方だと思わなくてはと思った。
人は比べることでしか今の状況を判断できない生き物だなと思う。
研修ノートだけとっておいて、今辛くなったら見返して「この頃には戻りたくないだろう?なあ自分よ」と自らを鼓舞する道具として使おうと思う。

・暗い思い出
学生時代のエントリーシートの写しを入れたポケットファイルも出てきた。
あと無職時代の応募書類(職務経歴書など)も。
まあESの通った経験もないうちに「シューカツ」をやめた人間なのでさほど数も多くないが。
これらを見て思うことは、全然自分の言葉で書いていなくて、自分の情報が詰まった紙のはずなのにどこにも自分がいないなということだ。
かと言って書きたいように書いたからと言って受かるのがシューカツではない。
一応ESの書き方にも定石みたいなものがあって、私がやってしまった間違いとは、高校の頃のことを書いてしまったこと。
じゃあ大学では何をしたの?ってなるからダメなんだって。そりゃ通らないわ。
少し考えればわかることなのかもしれないけど、質問の内容に合った答えは高校の思い出の中にしかなかったからそれを書いただけなのになと当時は思った。
自分も考え足らずだったけど、そういう「暗黙のルール」をみんなが知っていることが不思議だった。
そういう「暗黙のルールを破らずオリジナリティを出す」矛盾っぷりが肌に合わなくてシューカツのレールを降りた。
逃げたとも言う。というか逃げた。
色々なことを思い出して、暗澹たる気持ちになった。
この時代にも戻りたくない。

紙ものは油断すると増える。
タイミングを失いがちなので、処分の判断はなるべく後回しにしないようにしなくては。

category: 掃除・物減らし

tag: 捨て報告 
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