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もてない人間の雑記帳・ゆるく断捨離中

富士山柄おりがみ  



100円ショップのセリアにて、どう考えても使い道のない富士山柄の折り紙を衝動的に買ってしまった。
4柄36枚。
ここしばらく妙に富士山に惹かれていて、富士山を模した茶碗なんかも欲しいと思ってしまって、日本人の血なのか何なのかわからないけど不思議なもんだなあと思っている。
シンプルながら美しい形。
とりあえずこの折り紙は4つに切ってメモにしてもいいし、ノートの表紙に貼ってもいい。
これまた使い道ないけど小さい袋を作るのもいいな。

最近は仕事はそこそこ、物減らしもそこそこ(現におりがみなんて買ってしまったし)、片思いは進展なし、趣味は停滞気味。
暑くなくなったのは嬉しいけど、別れが刻一刻と迫ってくるから、季節の移り変わりが例年より喜べない。

長月が来ます。
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category: 買ったもの

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3万円あったら何に使いますか?  

普段行かない大きい図書館へ行った。
昔の新聞のコピーを取るため。
今コピーも厳しくて、用紙を書いて1枚申請したんだけど、早速コピーし損じてしまって(というか原稿台に髪の毛が載っていて写ってしまった)2枚とったら、ミスの方はこちらで処分させていただくか、ミスコピーである証のスタンプを押せばお持ち帰りいただけますとのことだった。
著作権とかそういうことなのか、何か難しい大人の事情なのかはわからないけど、なんというか…そこまで管理されるのかと思った。
こんな人畜無害そうなさえない女が資料を悪用するわけないだろ…
まあそういうことじゃなくて、例外を認めると厄介だからすべてを厳しく取り締まるしかないんだろうけどね。
こういうことってよくあるけど、もう少しなんとかならないかなと思う。
先日郵便局で印鑑をなくしたと言って窓口でずっと話し込んでいたおじいさんがいたことを思い出した。
局員さんも10回くらい同じこと言ってた。
まあお金関係はね…詐欺とかあるしね…

で、そのあと中華料理の店に行って上海焼きそばを食べた。
本当は酸辣湯が食べたかったんだけど、残念ながらメニューになかった。
なぜ酸辣湯かというと、昨日読み終わった津村記久子さんの『ワーカーズ・ダイジェスト』で登場人物が酸辣湯を食べる場面が出てきたから。
ちなみに小説自体もすごく面白かった。
津村さんの小説は、「この歳ってもっと大人だと思ってたけど全然そんなことないし、それでいいし、そういうものだ」という共通したメッセージ?があるように思える。
気張らずに生きていいんだという気持ちになるので、派手な小説よりも元気になれる。
社会人になって面白いと感じるようになった。
話がそれたけど、酸辣湯のかわりに食べた上海焼きそばはまあまあだった。
しめじのおいしさを噛みしめた。
壁に貼ってあるチンギスハンの絵の掛け軸がひたすら気になった。帽子?の部分にわざわざ毛(ファー)が貼ってあった。
そもそもチンギスハンと言えば蒙古なわけで…モンゴル…?中華…?
向こうの席では「コロッケのディナーショーにおける3万円という価格設定について」の議論を会社員っぽい男女が交わしていた。
私は高いと思うけど、コロッケさんの芸にはそれほどの価値があるってことなんだと思う。
モノマネで常に新しいことを模索し第一線に立ち続けるというのはそういうことなのだ。

なんだかよくわからない一日だった。
明日からまた仕事だ。

category: ふつうの日記

tag: ソロ活動  津村記久子 
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揚げたて芋けんぴ  


というのを買った。
今や芋けんぴすらお洒落な時代。
150グラム500円。
割高。しかしサクサクしていて香ばしい。
オリーブオイルは味オンチのためわからず。
国産芋なんだって。
買ったばかりはあったかかった。
そもそも芋けんぴって揚げ菓子だったんだな。
皆様も是非。

category: 買ったもの

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死ぬわけじゃないし  

と言われましても
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category: 雑記

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『本を読む人のための書体入門』読了  

本を読む人のための書体入門 (星海社新書)
本を読む人のための書体入門 (星海社新書)
正木香子『本を読む人のための書体入門』を読んだ。
なぜこの本を手に取ったかというと、普段とくに文庫本を読むときに、1ページめをあけて、あ~このタイプか~と思うことがあるからだ。ちょっと苦手な書体というか。
なぜその書体を苦手と感じるかというと、妙に明朝体が太くて、必要以上にすべてが協調された感じがするのと、これは完全なイメージの問題だけど、翻訳文じゃないのに翻訳文のように感じてしまって物語と自分との間に距離を感じてしまうのだ。
逆に言うと、翻訳文でその何書体だか知らないけど妙に明朝体が太い書体を見る分にはかえってしっくりくるというか読みにくいという印象は抱かないんだよね。
それが常々不思議だと思っていたので、何かヒントが見つかりそうだと思って読んでみたのがこの本。
星海社新書ってあまりなじみがないけど、たぶん若者向けというか次世代向けの少し新しい切り口の新書を出すことを目標にしてるんだと思う。
高校生やふつうの大学生の思考訓練用と言うか。
別に私だって社会人だし社会人が読んだってもちろんOKなんだけど。
昔からの新書読みの人からしたら邪道なのかもと思ったりする。まあ歴史を重ねていけば。

私たちは文字を読みながら、実は「書く」ことを仮想体験しているのです。

作中で筆者はこんなことを言っていた。
個人的にはこんなこと思ったこともなかったけれど、だとすれば「なぞりやすさ」の面で書体によってしっくりくる・こないがあることに説明がつく。
そしてしっくりくるこないの判断基準というか、その根拠とはと言うと、

私が好きな書体とは、初めて見た瞬間に、すでに出会ったことがある、と感じさせる文字なのかなという気がしています。

人は何かに強く惹かれるとき、まったく初めて見るものであっても、いつかどこかで見た府警だと感じているような気がするのです。

との考えを正木さんは示している。
これは文字に限ったことではなく、他のさまざまな事柄に関して言えることだと思う。
直感的に安心感をおぼえるのか、向こうから自分に寄り添ってくるような感じがするのだと思う。
そして、このような感覚は、文字を「平面」ではなく「空間」の体験としている故であると筆者は続けている。
簡単に言えば文字というものに、言葉や文章そのままの意味の他にもっと奥行きのある情報(印象・イメージ・自分の過去の体験など)を無意識に見出しているということだよね。
私が冒頭で言った翻訳文でないのに翻訳文に感じるというのは、翻訳のシリーズものを初めて読んだときに、たとえば大声の台詞がわざわざ書体を変えて大文字で書かれていたことに驚いたという経験に基づくものだと思う。
それが根強く残ってしまった。
その安易な印象操作?演出?がなんとなくはまらなくてそれ以来そのシリーズは読んでいないという話はまあどうでもいいんだけど…
とにかく、文字に空間性があるという一言に集約したことだけでもこの本の意義は大きいかなと思う。

ここから自分の話をさせてもらうと、私は書き文字にフェチを持っていて、記入済みのほぼ日手帳やモレスキンの写真がばーっと載っているウェブサイトを見るのが好きなんだけど、結局字でその人の人間性まで勝手に想像している部分がある。
字がうまい!頭よさそう!品行方正そう!素敵!みたいな。
ラブレター詐欺とかあったら引っかかると思う。
字から人となりを判断するというのの逆パターンで、この人にこの文字ありという考察もよくしている。
会社で人の書き文字を見ていて、この迷いのない筆の運びは他人の目を気にして縮こまっている私の字とはまるで違う…とか、この筆圧と全部の字がつながっている勢いはこの人の向う見ずな性格そのものだ…とか、この妙に整えようと頑張っているのが隠しきれてない字はそのまま学生時代やんちゃだったけど今社会人としてそれをひた隠しにしているのだな…(((だって待ち受けにしてる昔の写真ヤンキーじゃん)))とか結構失礼な人間観察をしてることが多々ある。
でもこれっておそらく多くの人が無意識にやっていることであって、字にイメージを見出さない人っているのかなと思う。
書体にしたって同じことが言えて、日本語が書体に富んでいるのか、他言語にも書体はたくさんあるけど印象が書体によって左右されやすいのが日本語なのか知らないけれど、日本語の利用者でよかったなと思う。
「空気」や「文脈」がものを言う文化なのともつながってくる話だと思うけど長くなるからやめる。

文字へのこだわりといえば、このブログもメイリオというフォントに設定してあるけど、これも一応こだわってやっている。
もし私がもっとお堅い評論ブログをやっていたとしたら、絶対に文字もお堅くする。
でもこれってさっきの話じゃないけど、研究者がまさかギャル文字みたいなフォントで論文を出さないのと一緒で、「その文章なり言葉なりをどう読まれたいか」という気持ちをフォントに込めているんだと思う。
就活ではスーツを着てそれ用の化粧をし、合コンでは勝負服を着てそれ用の化粧をするのに似ている。
合コン行ったことないけど。

にしても、ツイッターにも書いたけど、活版印刷が普及するまで文字はほぼ音読されるためのものだったっていうの、現代の我々には想像もつかないよね。
文書化された文字は楽譜みたいなものだったという質問サイトの回答を見て納得した。
ツイッターとか見ていても思うけど、日本人は老いも若きも文字大好きなんだなと思う。
あまりに自然に使いこなしてるから自覚がないんだろうけど。

まとまってないけどこんなところで終わりにします。

category: 読んだ(本)

tag: 書籍 
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クラッスラワーテルメイエリー  

無印に行ってきた。
何も買わずに帰ってくる予定だったんだけど、思わず小さな植物を買ってきてしまった。

こちらがグラスハイドロ1.5号という商品名590円
で、植物の名前はプミラというらしい。
アジアンタムに似てる。観葉植物だね。

そしてこっちがヒノキブロックという商品名で、いろいろな多肉植物がこのヒノキの入れ物に植わっていた。
これはクラッスラワーテルメイエリーという札が刺さってたけど名前を覚えられる気がしない。

プミラは少し不安だけど、クラッスラワーテルメイエリーのほうは手入れが楽そうなので大事にしたい。
このヒノキブロックとてもいいにおいがするのでさっきからずっと嗅いでいる。
檜風呂に入りたくなる。
嗅ぎ過ぎてうっかり鼻の脂をつけてしまった。
うるおいのない毎日に彩りを添えるべく、会社の机に置くんだ…

にしても写真がぼけているな。
枯らさず末永く付き合っていきたい。

category: 買ったもの

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やめたい  

あの人も参加する集まりに出てきた。
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category: 雑記

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ブックカフェ  

先日出来心でブックカフェとやらに行った。
すごいでしょ。オシャレでしょ。
そう、とてもオシャレなのだ。
この「オシャレな都会生活を楽しんでいる(ふりをしている)文化人の自分」という自意識がちらついて落ち着かなかった。
結局溜まっていた読書ノートをつけるのと、コーヒーとマフィンだけ食して帰ってきた。

普通のチェーンのカフェと同じようにカウンターで注文して受け取ったら、店内の本棚にある本はどれでも読んでいいですよというシステム。どこもこういう感じだと思う。
しかし疑問なのが、そこで1冊でも読み終わるのは無理だし、図書館のような使い方はできない。
読むのが早い人は1冊くらいなら読めるだろうけど…
立ち位置というか利用法としては、試し読み専門店かつ本との出会いの場だと思う。
そこで見つけてよかった本を後で買ったり借りたりするのがいいかなと思う。
また店によって置いている本のコンセプトもわりかし一貫していると思われるので、何か面白い本ないかな~と漠然と探すのは楽しいと思う。
本屋さんでそれをやると広すぎて全部見られないのと、長時間の立ち読みは憚られるから。

結論、読書は電車が一番はかどる。
一人暮らしをしたら自宅が一番いいかもしれない。
とは言え、雰囲気は抜群にいいので、本を読むことを目的にするのではなく、普通に少し時間をつぶすのにはいいと思う。

そして個人的なメモとして、次の読書ノートは無印のハードカバーのリングノートにしたい。
http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4548718728077

category: ふつうの日記

tag: ソロ活動  カフェ 
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続・定期預金を始める  

前編→定期預金を始める
先日口座を新規開設した銀行から、仮暗証番号のハガキとキャッシュカードが届いた。
で、ネットから口座開設時に入金しておいたお金を定期預金に移した。
これでのちのち多少利息がついて増えるはず。
ネットバンキングで、またパスワードとIDを考えなくてはいけないのと、最初きちんとログアウトを押さずにブラウザを閉じてしまって10分間ほど再ログインできなくなったりと、小さな困難はあったものの、なんとか終えることができた。
定期預金への振替自体は驚くほどスムーズにできたので、逆に拍子抜けする。
ボタンひとつでお金が動くんだぜ…恐ろしい世の中だよな。
こちらもお金を動かしているという意識はあまりない。
でもそれって危険なことだよなと思う。
硬貨や紙幣そのものだけがお金じゃないと社会に出てからより強く思うようになった。

今日はそれ以外にもいろいろやった。

まず、携帯の保障パックの解約をした。
解約時にこれができなくなります、このサービスも受けられなくなりますという再三の脅しに負けずひたすらクリック。
ポイントをTポイントと連携するっていうのがあって、てっきり携帯会社のポイントがTポイントに加わるのかと思ったらその逆だった。
すでに持ってるTポイントを通信料の支払いにも使えるようにしますよというただそれだけのことだった。
yahooIDまで取得したのに。
またアカウントの類が増えてしまっていよいよ管理が大変だ。
パスワードの管理は一ヶ所にまとめてしておくのがいいと思うけど、それが何らかの理由で見られなくなったらおしまいだからやはり控えはあったほうがいい。
でも、デジタルで管理するにしろアナログにしろ、両方を用いるにしろ、元のメモと控えを同期し続けなくてはいけないという面倒も生じるよねえ。
悩ましい。これ現代人の悩めることランキング上位だと思う。

そして次に、定期預金を始めたことだし、全財産を把握しようではないかと思い立った。
私はA信金、B銀行、そして今回口座を作ったC銀行に口座を持っていて、なぜかA信金から携帯代が落ちるようになっていて、そこの口座にはそれ以外の使い道がなかった。
なので、A信金から現金を全部出してB銀行に入れ、携帯代もそこから落ちるように設定を変えてきた。
そして残高が増えたばかりのB銀行から、いくぶんかのお金をC銀行のより長期で金利が高い定期預金に入れた。
これで定期預金プラスB銀行の残高が自分の全財産となり、非常にわかりやすくなった。
定期預金に入れている額は忘れないので、実質B銀行の残高だけ常に把握していればいいことになる。
実際の所、リスク軽減を考えたりして、どう口座を割り振ったらいいのかわからないけれど、なるべくシンプルにしたい派なので今はこれでいいかなと思う。

こう書いているとお金をちゃんと管理しているようだけど、実際税金のこととか社会保障とかその他生きているとかかるお金のことが全然わからない。
この感じで将来生きていけるのかと不安に思う。
そして全財産を把握したところで、貧しさを再認識する。
多くを望まなければいいんだろうけど、趣味などにお金を使わないで生きていくのは辛い。
一人暮らしを始めようか迷っていたけど、揺らいできてしまった。
でも実家は出たい。
ジレンマ。

category: ふつうの日記

tag: ソロ活動 
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