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もてない人間の雑記帳・ゆるく断捨離中

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座標  

前の記事長くて自分でも正気を疑う

人間関係の座標があったとして、
相手が0、私が5の所にいるとして、
これ以上0の方へ移動しようとは思わないけど、0~5のところに誰も入ってきてほしくないという状態
もしかしたら私には見えないだけで前方に誰かいるのかもしれないけど
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category: 雑記

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歩く  

拍手ありがとうございます。
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笑いについて  

最近落ち込むことがあって落ち込んでいて、(頭痛が痛いみたいな書き方になりますが…)何かをしようという気にもなれない。
それを理由にいろんなことを怠けてるだけかもしれないけど。
やろうと思っていた些細なことも、部屋の掃除も、人と会うことも、どこかへ行くことも。
もともと欲望の希薄な人生だと思っていたけど色々なことが輪をかけてどうでもよくなっている。
身なりを整えることもしてない(これは日頃からの怠慢もあるけど)のでそりゃ人と会う気にも誘う気にもなれないよなって感じだ。
そういう訳で件のことを考える時間が大幅に減っていて、それだけはよかったかなと思う。
(ちなみに件のことと落ち込みは全然関係がありません)

いつかこの経験から得たものが負の財産だけではなかったと思えるようになりたい。
とりあえずはマイナスからのスタートだと感じている。

ところで今日仕事をしている中で、人は好感を持っていない人の冗談やボケでは笑えないのだなということに気付いた。
他の人が言ってたら笑ってただろうなと思いながら合わせて笑ってたり、この人の発言じゃなかったら心から笑えてたかもというようなことがあって、もちろん無意識にやってあとでふと気づくんだけど、この人が言ったことごときに感情を動かされるものかという変な自制が働いてるのだろうか、小さい人間だな私もと思う。
つまり人の「笑い」にはその人や場への評価が多分に含まれており、仲間内で楽しいとか徒党を作りたがる若い学生(学生に限らないか)がなんであんなことであんなに盛り上がっているのだろうと思うようなことはこのメカニズムから起こっている。
「あいつあんなことやって本当にバカだなー」というその彼ないし彼女への好意的な感情が笑いを生むのである。
同じようなことで、思えば高校生のとき昼食を一緒とっているメンバー内での同調圧力の笑いが苦痛だと思っていた。
一人がボケて、それに皆が延々と乗っかっていく。
こういうコミュニケーションの取り方って大人にもあって、私はすごくつまんないし、自分が頑張って乗ろうとすると失敗して流れが止まったりするから嫌い。
要は自分の得意なコミュニケーション形態じゃないから嫌いってことでわがままは自覚してる。
でも高校の時の話のような、そういう「場の雰囲気」に支配されることは危険だと思う。
私は危険だと思う派だけど、身を委ねてるほうがいいと思う人もいるのはわかる。
それで排除されるの怖いしな。
でもこれって多くの人が漠然と思ってることなんだと思う。
みんな同調圧力から逃げ出したいし、閉塞感に苛まれている。はず。
とかグダグダ考えることによって私は自分自身を生きづらくしてる。

早く落ち込みから立ち直りたい。

category: よもやま話

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