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もてない人間の雑記帳・ゆるく断捨離中

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年忘れ  

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category: 雑記

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津村記久子『真夜中をさまようゲームブック』  

美術手帖2015年10月号、春画特集の号の津村さんの小説「真夜中をさまようゲームブック」をやっと読めた。



中はこんな感じ。


ゲームブックって、私はたぶん世代でないんだけど、1冊だけポケモンのを持っていた記憶がある。
各パラグラフに行動の選択肢がいくつか用意されていて、それを順に辿ってエンディングを目指すというもの。
「真夜中をさまようゲームブック」は、主人公が深夜家に帰れなくなるところからはじまる。
これがまた面白い。
いろんな場所へ行ったり、アイテムを手に入れたり、最も面白いのは、「死にエンド」の多さ。
全62パラグラフ中、ゲームオーバーは15パラグラフもある。
私もゴールを目指しながら何度本を閉じよと命じられたことか…
しかもそのゲームオーバーのなり方がいちいち面白い。
一つの行動にこだわりすぎてゲームオーバーを迎えたときに、
「君は依怙地な人間だと言われたことはないか」
という文を目にしたときはもう笑ってしまった。

私はゲームブックには詳しくないけど、とてもよくできている。
しかも途中失敗してもちゃんと物語の真相がわかるエンドに連れて行ってもらえるのも良心的。
ちなみにプレイヤーが男女どちらでもいいように配慮されている。
私は男性のつもりで読んだけど、誰でも主人公になって真夜中をさまよえます。
架空の世界でなく、日常世界がゲームブックの舞台になっているけど、結構楽しめるもんだなと思った。

一応フローチャートを作ったけど、自分にしかわからないくらい汚くなりすぎたのでアップはやめておく。
絶対通るところだけ選んでいけば最短ルートでゴールできるけど、途中自分の判断でなく運試しで進むようなところもあるので、エンディングを迎えるのにそれなりに苦労すると思う。

津村さんはゲームブックにも造詣があったんだなあ。

ところで本編は春画特集だったわけだけど、普通に女性向け大人の玩具の宣伝と言うか記事が載っていて驚いた。
春画は…なんかものすごい世界だよな。
女の人の方が抵抗なく見られるっていうけどうーん現代の女性はきれいなものの方が好きだろうな。
これは昔のものだからこそ受け入れられるというか。

category: 読んだ(本)

tag: 書籍  津村記久子 
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図書館考  

図書館へよく行く。
主に家の近所のものと、職場近くの2館を行き来している。
職場の方はその区へ在勤していればカードが作れるということだった。
たぶんどこの図書館もそうなんだと思う。

家の近所で予約が果てしないと思っていた本が、職場のほうで普通に書架に並んでいた。
この差はなんだろうと気になって調べてみた。

雑な計算だけど、市区町村の人口÷図書館数を算出すると、
私の住んでいる市ではおよそ5万3000人に1館
職場のある区では4万4000人に1館
の割合で図書館があることが分かった。
つまり、同じ図書館を5万人でシェアするか4万人かの違いでその差は1万人くらいなんだけど、たかが1万人の競争率の違いでこれだけ新しい本の借りやすさに差が出るだろうか。
そもそも人口の全員が図書館を利用するわけではない。

ちなみに、職場の近くの図書館では「新しく入った本」のコーナーが全然スカスカになっていないことに衝撃を受けた。
うちの近所の図書館では「新しい本」のコーナーで、学術書・専門書のように難しそうなもの以外で今年出た本というのを目にすることはまずない。光の速さで貸出されてしまっているからだ。

そもそも計算がおおざっぱすぎるので、もっと人口ピラミッド的なものだとか、図書館を利用するのはどういう人々か、またそういう人々がそれぞれの自治体にどのくらいの割合で住んでいるのか、果ては書店の数や収入とかこういう文化的なものにかけるお金の割合などを加味しないと正しいデータは導き出せない。
と、思うのは最近統計の本を読んだからであって、お、私数学が極端にできないと思ってたけど意外と理解できるじゃんと調子に乗って少し発展した(でも高校生でも読める)本を手に取ったら即挫折した。
頭が悪すぎて落ち込む。

もうひとつ、最近読んだ本。
「役に立たない」と思う本こそ買え
「役に立たない」と思う本こそ買え

お天気キャスターの森田さんの本。
読書礼賛的な内容で、私は別に本なんて読みたい人が読めばいいと思うけど、なるほどと思うことは結構あった。
ひとつは、どれだけコンピューターが発達しても人間には最後まで「判断」という仕事が残るということ。
さっきの図書館の数を例にとると、1万人という数字は確かにデータとしてあるけど、この数字は果たして信憑性があるかとか、このようにして更なる調査が必要だとか、そういう判断は人間にしか下せないということだ。
気象予報士なんていうのは森田さんの言うことがたしかであると証明できる仕事の最たるもので、それを羨ましいと思う。

もうひとつは、明治神宮の森が完全なる人工林で、森が枯れないように叡智を集結して作り上げたばかりでなく、200年後に自然のサイクルとして森が続いていくように考え抜かれているということだ。
知らなかった。昔の人すごい。
最近あれやこれやと建物を作ったりしてるけど、未来のことをちゃんと考えているのかは疑わしいし、それを漠然と不安に思う。
それは常々感じているんだけど、今こそこの明治神宮の森に倣うべきではないのか。

などと、大した仕事もしてないほぼ社内ニートのダメ社会人は日々思っているわけです。


category: 読んだ(本)

tag: 書籍 
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神保町を歩く  

大手町のあたりから皇居の周りを通って神保町~御茶ノ水まで歩くのがたまに時間があるときにする散歩のコースでけっこう気に入っている。
大手町周辺を歩いていると、東京はいつも工事をしている街だなと思う。
去年も同じ時期にこの辺を歩いたことがあったことを思い出したけど、去年と比べて皇居ランナーとすずめの数が減っていたように思う。
普段外を歩くときはだいたい音楽を聞いているけど、イヤホンを外して歩くと、風で枯れ葉が巻き上げられた音や鳥の声や和服の人のぽっくりの音とかがはっきりと聞こえて、なんというか、あらゆる生命活動があるな(?)というようなよくわからない気分になる。
そのせいか御濠のところを歩いていて、妙に悲しい気持ちというか、自分が今なぜここを歩いていて、今後どうやって生きていけばいいんだろうとか余計なことが頭をもたげてきてしまって困った。

神保町で二十世紀というブックカフェに寄った。
神保町駅のA1出口の道路挟んで向かいにある店。
ブックカフェというか古本屋さんの2階が商品の本も読める喫茶コーナーになっていて、ケーキや軽食もある。
これがとても落ち着く店で、無駄なおしゃれさがなくて庶民的で居心地がよく、本を買ったらコーヒーの割引券がもらえたのでまた行こうと思う。
ケーキセットが500円なのも嬉しかった。コーヒーおいしかったし。


そしてまた古本屋さんを数件ぶらぶらと見て歩いた。
読めないけど洋書の店の本棚の佇まいとかいいなあと思う。
とある店で、私が入店したら店のおばちゃん2名が、
「さっきの人、臭くて臭くてたまらなかったわね~しかも一時間もいて。なんであなた入口閉め切っちゃったの」
「外側の人寒いと思って。それにしてもあの人よく来るけど本の絵ばっか見てね。難しい本買ったためしがない。」
と会話してるのを聞いてしまった。
私しか客がいなかったけど気にされてないのか、おばちゃんって言いたいこと言いまくる傾向にあるからな…

写真とか短歌の本を眺めていて、そういえば私はこういう「日常を切り取る」という作業がめっきりできなくなったしやらなくなったなと気が付いた。
何しろ無気力無感動でひどい。

大学の時勉強していた分野の本を見かけて、卒論指導してもらっていた先生に手紙でも書こうかとふと思い立った。
そのためには住所を書いてある紙を探さなくてはならない。

category: ふつうの日記

tag: ソロ活動 
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何かを辞めるとき  

長らく半ば惰性で続けてきたことを辞める時が来ているのかなと思う。
かつては目的があってやっていたけど、今では帰属意識を得るためだけの場になっている感が否めない。
環境の変化などにより目的達成が難しくなってきたこともある。


けじめをつけたいので、やめるには内部の人間に対してやめるという宣言が必要になるけど、先日別の人間(例の人です)はこれからもこの形で続けていきたいというようなことを言っていた。
誰がどう思っていようと私は自分の意志でやめればいいけど、この人の希望を裏切ってしまうことが心苦しくもある。
同時にこの人を繋ぎ止めておきたいという気持ちがないでもないが、いずれにせよこの活動において細い繋がりを持ち続けることももう辛い。
でもここに属さない私は彼にとって価値はないだろうな。
価値なんて元々ないけど、関わる理由もなくなる。

しかし不思議なことに、辞めると切り出すなら誰よりもまずはこの人に言うであろうとも思う。
そして引き止められも咎められもせず、そういう所がむしろ好もしいと思ってしまうんだろうなという所まで想像がつく。病気だ。


余談だけどこの人間とのうっすらとした親交は相変わらず続いている(それこそ断つ理由もない)。
先日久々に顔を合わせた大勢いる集まりでこちらが一人の時におもむろに話しかけてきたかと思ったら、相談と言いつつ自分の意志はかなり固まっている出来事の報告だった。
それを聞いてこちらはどう受け止めたらいいの



今すぐにでもやめると言いたくなってきたがこれもまた一過性の気持ちなのかもしれない。

category: 雑記

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