monokoyomi

もてない人間の雑記帳・ゆるく断捨離中

何かを始めるということについて  

どうしようもない記事に拍手ありがとうございます。励みになります。

刺繍を始めたいと思っていて、それというのも好きな作家の津村記久子さんが刺繍にはまっているというのを見たからだ。
なかでも刺繍した布をワッペンのように仕上げて安全ピンをつけブローチにするというのがやりたい。
本屋さんに行き、かわいい図案がのっているものをピックアップして、さんざん眺めて、用意する道具をチェックし、

本も道具も何も買わずに帰る

というのを5回くらい繰り返している。

この5回の間に始めてしまえば今ではブローチのひとつでも完成してたかもしれない。
でも、できていない。


私は死ぬほど手先が不器用だ。
生まれついて不器用なことの他に、ろくに手先を使ってこなかったというのが大きい。
家庭科の縫い物系はいつもビリでむしろ独力で完成したという記憶がない。
完成途中で持ち帰った弁当バッグ、エプロン、ナップザック、フェルトの羽織もの…
恐ろしいことに記憶とは捏造される代物で、学生の頃私はしっかりしてるキャラだったので、当然裁縫ができない方だとは自分でも思ってなかった。
今にすれば家庭科で必要な通り一遍のことは男子以下でほとんど何もできなかった。今もできない。
一種の思い込みだよな。不思議。

関係ないけどほぼ捏造の家族ほのぼのエピソードを作文だか日記に書いてクラス通信に載せられたりしてたことも甦ってきた。
それも罪悪感なしというか、無意識に理想を書いたのかもしれない。
今思うと色々と恐ろしい。
ドラマやCMのように、母から子に生活の中できちんといろんな事を自然と教えられてる家の子供ぶってたと思う。

あと針との苦い思い出といえば羊毛フェルトを始めようとしてすぐ諦めたことだ。
羊毛フェルトでマカロンを作るキットを買ってきて、完成したのがゲームのポップンミュージックで音符として上から落ちてくるハンバーガーみたいなやつにそっくりで、(調べたらポップ君というらしい)そして思ったような楽しさも達成感もなかったのでそれ以降手をつけることがなかった。

このような経験に基づいて、刺繍もせっかく道具を揃えてもすぐやらなくなるのではないかと自分を疑っているのだ。
だってあの木の輪っかとか買って持て余したらどうするの。

ふと思ったけど、私は自分に自信が無さすぎる。
というか、自分に信用が持てなさすぎ。
刺繍なんて一人でできるんだし勝手に始めればいいのに挫折が怖くて始められない。
こういう性分が人生をつまらなくしてるし何もうまくいかない原因であると思う。
悩んでる時間が無駄であることは明らかなのに。

また何も達成できない盆休みを過ごすんだろうな。
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