monokoyomi

もてない人間の雑記帳・ゆるく断捨離中

歩く  

拍手ありがとうございます。


急遽仕事でこちらに来るという例の遠方の人間から、集まれる人は会おうという連絡が来た。
脳内で存在が薄まった頃にこういうことを起こす、タイミングがいいのか悪いのかわからない奴だと思う。

急だったので時間が空いた人から順に集まる形で、他の人が合流してくるまでしばし二人で過ごすことになった。
それなりに時間があったので他愛もない話をしながらなんとなくぶらぶらと歩いてその後お茶を飲んだ。
思えば意味もなく歩くということを私達はたまにする。
だいたい私が歩こうと言う。
今回はどちらともなく散歩の流れになった。

前に何人かで、初めて来た分かれ道の多い広い公園を無作為(と私は感じた)に歩いて、出口の地図を見て今こーーーう歩いてきたんだよねって全ルートを指でなぞったのを見たときに、この人について行こうと思った。
単に私が方向感覚に乏しく、地図もろくに読めない頭の持ち主なだけだけど。
そういう小さいことで人は人にぐっときたりするので不思議だと感じる。
そして私はそういうポイントを一切与えていない自覚がある。

もうずっとこんな感じなので緊張もなくただ話したいことを話した。
何より会話が楽だ。
うまく説明できないけどたとえば道を歩いてて私が「あれ、あの車」と言ったら「あっ本当だ」みたいな共通認識の上に基づいた会話が成り立つことでかなり楽をしている。
これは単に長く時間を共有してしまったことの裏返しで別に他の人とでもある話なのだが。

こういう時間を持てるだけでもうこれまでの人生からしたら充分だなと思う。満足した。


色々と落ち込みが続いていたので彼以外にも旧知の人々と会って話せたのは有意義だった。

帰路、またも私達って人間関係のジャンルで言うと何なのかと色々考えながら、そういえば渡す予定だったものを渡すのを忘れたことに気付いて、携帯を出してメッセージ打ってたら向こうから今日は楽しかったというような文面が送られてきた。
彼は今回人を召集した身だからこれを一人ひとりに送っているということなのかどうかは定かではないが、一斉送信でもないし私だけにくれたのかなとも思う。
それともうぬぼれなのか。

でも私自身、友達と会って解散後に今日はありがとうとか送る確率は2分の1くらいだし逆に来る率もそのくらいだ。
そして付き合いが長い友達ほどそれをやらない傾向にある。
付き合いは長いけどわざわざやるってことは…と思うけどそれにしては普段音沙汰なさすぎだと思う。


何なのか。
どちらかが言い出したら終わりなのか違うのか判断できない。
かと言ってわかってますよね?的なテンションでは決してない。
世の中にはそういう意志疎通が存在するとも聞く。未知だけど。
相談できる人もいない。
満足したとか言ったくせに結局もやもやとしている。
整理すると、これ以上の距離感はいらないけど、私が一番近くありたいという利己的すぎて相手からしたら迷惑な思いでいる。
そう考えると独占欲もないわけではない。

作家の津村記久子さんが作品の中で、男と女だからって付き合わなきゃいけないのかというようなことを書いてたけど本当にそう思う。
付き合わなくていいから近くにいさせてくれっていうのはできないんだよな。
じゃあ近くにいさせてもらうには?と考えるとやはり付き合うということになってしまう。堂々巡り。
なんで世の中の人はスルッとそういうことができるんだろう。
難しすぎてどうにかなりそうだ。
いつ、どういう形でこの状態がバンって終わるのかまったく予想がつかない。
煩いが再発した。いい加減にしてほしい。(自分が)
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category: 雑記

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