monokoyomi

もてない人間の雑記帳・ゆるく断捨離中

昼食の憂鬱  

拍手ありがとうございます。
こんな面白味もない日々の話を誰かが見てくれていると思うだけで嬉しいです。

会社での昼食のことは前も話題にしたことがあるけど、会社の人と食事をとることが苦手すぎてよく外で一人で食べている。
誰かと食べることそのものではなくて仲良くもない人と一対一が嫌なのだ。
島を無人にできないので毎日二人ずつローテーションを組んで昼食を摂るんだけど、その場所が無人無音テレビラジオなしなので気まずくて死にそうになる。
会話すればって感じだけど、いつもこちらが発話してもすぐ終わってしまうので疲れてしまった。
それが誰と一緒でも起こる。
無言でも相手は気にしないのかもしれないけど…私はそうやって気を遣いながら食事するくらいなら環境が悪かろうと一人がいいのだ。

食堂を使う日もあるけど、それをする元気もないときはコンビニで買ったものを公園やベンチで食べるんだけど、改めて数えてみると

公園
児童公園
向こうの公園
近くの小さい仏閣のベンチ
商店街のベンチ
セブンイレブン横
橋のたもとのベンチ
違う橋のたもとのベンチってほどでもない椅子
ちょっと遠い公園
ホームセンターの軽食コーナー
土手っぽい所のボロい椅子

とこのように10ヶ所以上も人に見つからない場所を持っていて日々転々としている自分はおかしいのではないかと思い始めた。
ごくたまにちょっと歩いてラーメン屋やファーストフードまで行くこともあるけど滞在時間が10分とかになってしまう。
そこまでして人と食事したくない、話したくない、あの空間にいたくないってもうちょっと強迫観念入ってるよなと思う。
これをリアルの友人知人に話すと仕事をやめろとか私ならこうするとかアドバイスされるけど、何度も言うように私はアドバイスは求めてなくて、ただ聞いてほしいだけなのだ。

最近読んだ本に、そういう辛さを撒き散らすのはお互い様だから、自分がそうしてしまったとしても誰かがそういうモードの時は受け止めてあげればいい、というようなことが書いてあって少し気が楽になった。
あまりに自分が言い過ぎではないかと思ってたから。
わたしも誰かの心のお布団?になりたい。
お布団なんて理想が高いな。あんな最高なもの。毛布1枚とか?
この本、啓発本かと思いきや実践的にそれなりにためになることが書いてあったので読んでよかったと思います。
もっともああと思ったのは、知らない人にその人の知らない話題を説明するのがコミュニケーション上達の練習になるということ。
私は固有名詞に説明が不要な人とばかり話したがる傾向にあるし、そういう居心地がよくて当然な相手に寄り掛かりたくなる。
要は楽をしたいだけだと自分でも思う。
鴻上尚史『コミュニケイションのレッスン』という本です。
この人の本というか戯曲の文字起こしを何度も読もうとして挫折してたので敬遠してたけどこれはよかった。
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