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もてない人間の雑記帳・ゆるく断捨離中

『しろいろの街の、その骨の体温の』感想  

しろいろの街の、その骨の体温の (朝日文庫)
しろいろの街の、その骨の体温の (朝日文庫)

村田沙耶香さんの『しろいろの街の、その骨の体温の』を読んだ。
衝撃がすごすぎて、自分自身のことと絡めつつしばらくこの本のことを考えてしまった。
以下ネタバレ含む感想。


物語は開発が進む新興住宅地に住む結佳と、その同級生の伊吹くんの、小学生時代と中学生になってからの話。
主人公は、大人しくて冷めたところのある谷沢結佳という女子である。
その結佳が人目を盗んで幼いなりの性的衝動をぶつけてしまう相手が同じ書道教室に通う伊吹くんだ。
そのまま時は過ぎ、中学に上がると、まっすぐで屈託のない伊吹くんは誰からも慕われる、学年で人気の男子になった。
一方、地味で発言力のない(=カースト下位)の結佳は人間観察という防具で自分を守りながら学校生活を生き延びていたが、伊吹くんへの執着は誰にも言えない所でますます高まりを見せる。
謂わば身分違いなのに、上も下も気にしない「幸せさん(結佳命名)」の伊吹くんに、憎く思いながらも強烈に惹かれる結佳。
衝動は最終的にものすごい行動となり、クラスメイト達との関わり方も変化する。


私はこの小説をスクールカースト・クラスメイトとの関わり方という側面と、中学生の恋愛という二つの着眼点で読んだ。

スクールカーストを扱った小説は数あれど、今まで見た中で最も描写が現実的で非情だった。
私の経験のほうがもっと悲惨だったりするんだけど、主人公の目を通して描かれる世界が、私が見てきたあの頃の教室そのままで目を背けたいのに読むのが止まらなかった。

村田さんは「増えるクラスメイト」というエッセイの中で、高校生のときAくんとBくんとC先生の見分けがつかなかったと語っている。
Aくんはモテていたけど、Bくんはそうでもなくてそれが不思議だったそうだ。
結佳は中学のクラスでは下から二番目の層に属している。
クラスで最もはみ出し者なのは馬堀さんという女子と、かつて小学校で結佳と仲が良かった信子ちゃんなのだが、顔の造作で言ったら自分は信子ちゃんと似たり寄ったりか下ですらあるかもしれないと結佳は認識している。
この客観性が村田さんの筆致のすごい所で、エッセイの話に戻ると、私が思うに、AくんとBくんの顔は本当に似ていたんだと思う。
もっと激しい言い方をすると、顔面偏差値は同じくらいなのに、モテ要素(カースト・運動の出来不出来・口のうまさ・明るさ・自分をよく見せる能力等々)を多く持っていたAくんだけがモテていたのだろう。
モテ要素という「価値観」でクラスの法律が決まり、それは事実や客観性と符合しないことも往々にしてあるということがよく書かれていると思う。
人を観察してその自意識や幼稚さ、周りの見えてなさを見下すことによって教室という社会を渡ってきた結佳は、物語の最後においてあるきっかけで「世界に触る」ことにするのだが、色んな人に思ったことを思ったまま言うシーンは痛快で、私もこんな風に中高生のときに「世界にさわる」ことができていたら、と思う。
西加奈子さんが解説で「私達は価値観の奴隷である」と書いていたけど、「世界にさわる」とはその価値観の奴隷からの解放を意味する。
剥き出しの身体で自ら血を流しに行っているようなもので、それはやっぱりなかなかできることではない。

ちなみに、小学生のときに信子ちゃんと共に仲のよかった若葉ちゃんという子は容姿がいいばかりにクラスの上位グループに組み込まれるのだが、立場を守りたいがために周りに合わせて嘘の笑いを振りまいていたり、強い者の腰巾着みたいになっていたりする。今の言葉で言うとキョロ充って言うのだろうか。
信子ちゃんがいじめに遭ってるときのクラスの様子とか、クラスで一番権力のある女子の下の者への接し方とかいちいちリアルだった。
信子ちゃんはいい意味で周りを見ないところがあるので、一直線に何かに力を投じる様子は強くて美しい。
結佳も本当に美しいのは信子ちゃんだと本人に言うシーンがある。
このあたりも読みどころである。


次に、中学生女子の恋愛のどうしようもなさについて、引用も交えながら書きたい。

私たちは、エピソードをくれた男の子に簡単に恋に落ちてしまう。(128ページ)

お手軽に恋に落ちてしまうわりに、それはすぐに宗教になる。(略)めくれたジャージの裾とか、かかとを潰した上履きとか、一つ一つそんな欠片を集めて、妄想を積み重ねていく。(129ページ)

好きな男の子を盗み見して、席替えの番号をこっそり交換して少しでも近くに行き、校外授業の写真をこっそり買う。それくらいしか、私たちが好きな人を摂取する方法はない。(139ページ)


私たちとは大人しい女子のこと。
そう、「摂取」なのだ。それはいつも自分ひとりで行う行為であり、恋という、本来相手を要することをしているはずなのに相手の存在がその活動に入ってくることはない。
何かの「エピソード」でよく知りもしない相手を好きになって、ちょっとした情報をこまごまと集めていくうちに意識が肥大化していく。
身に覚えがありすぎてしんどい。
結佳が五感をすべて使って伊吹くんを体内に取り込もうとする痛々しさがもう読んでいてつらいほどだ。
これが「上」の女子になるとそうじゃなくなるんだけど、(小説でもそのあたりがうまく書かれている)今日に至るまで大人しい中学生女子が摂取以外の方法で恋をする方法が私にはわからない。
今でこそ「摂取する」タイプの片思いはしないけれど、それは自分にとって現実的にかかわりのある人間を片思いの相手に選ぶようになるからだと思う。

触れられないから、二人の恋は綺麗なのかもしれない。相手の体温を知ると、恋愛感情はどろりとしたものに変化するからだ。(同)

これを中学生が悟るなんてかなり早熟ではないのか。
中学生なんて自分の恋愛を客観的に観察している暇はない。自分が好きな人の観察に夢中だから。
友達はクラスの誰それくんかっこいい~と見ているだけだけど、小学生の頃から伊吹くんをおもちゃ扱いしてその身体に触れてきてしまった主人公の思いは綺麗なものとは程遠いと自己評価している。
まあ見てるだけの片思いが綺麗かと言われれば幼いだけのような気もするけど。

他にも、伊吹くんが女子に簡単にエピソードをあげてしまう人間であることや、小さな情報ひとつひとつが密かな宗教を盛り立てていくことなどが所々で描写される。
強烈に自分自身の昔を思い出したのは、床に置いた模造紙の上で作業をしているシーンだ。
上履きを見て、伊吹くんが近づいてきたことに絶対誰よりも早く気付いているのに、一度も顔を上げずにまたその上履きを見送る感じが主人公の恋のスタンスや意志を感じさせる。

そして伊吹くんは本当に「幸せさん」なので、他にたくさんの女子から好かれているにもかかわらず、小学校からの主人公との繋がりを結構大事にしている。
しかし結佳からしてみればそれがどんなに周りから見たら滑稽であるかわかっているし、それに気が付く気が付かないの次元でない伊吹くんの正しさを腹立たしく思い、以下のような百点満点の告白を撥ね付けてしまう。

「でも、谷沢と喋るの好きだし、一緒にいると楽しいよ。谷沢はあんまり本当のこと言わないけど、たまにぽろって、こぼす言葉に、すごく揺さぶられることがある。だからもっと知りたくなる。近づきたくなるんだよ。それだけじゃ駄目なの?」(215ページ)


男子中学生の告白として、いや、大人も含めた人間の告白としてこれ以上のものがあるだろうか?
自分の言葉で自分の持っている感情や相手への欲求を真摯に話す。
世の中こんな男の人ばかりだったらなあと思ってしまう。

恋愛感情はこじらせすぎると嘔吐物になるのかもしれない。私は、ずっと、この感情を嘔吐したかったのかもしれなかった。(251ページ)

「気持ちの排泄物」と喩えている手紙を書き終えたシーンでの一文である。
これもよくわかる。
気持ちが胸に詰まりに詰まってどうしようもなくなることってある。特に吐き出せる場所を持っていない場合。
自分の中だけであれこれいじくり回しているとそういうことになる。
たぶん、世の中の人は嘔吐物になる前に吐き出せるから告白とかできるのだと、こじらせてしまった私は思う。
いつの間にか、相手のことが好きなのにそれを本人に浴びせたら迷惑をかけそうな域に行ってしまう。
片思いモンスターとでも言うような。
一方的に吐き出してしまうことはいつだって醜いし苦痛を伴う。
スマートできれいな告白があったとしらそれはもう告白とは違った何かかもしれない。
真の告白とは常に余裕がないのだ。したことないけど。

終盤で結佳は自分の中の衝動を正しく発散するには相手本人の手が必要であるということに気が付く。
それでラストシーンになるんだけど、これがすごい。中学生同士の行為でこんなに根拠の上に成り立っているものを初めて見た。
そもそも好きとか惚れた腫れたなんて説明のつかないものだけど、それなりの理由付けや思想があってもいいと思う。
ライトな交際が蔓延する世の中で、わざわざ恋愛についてあれこれ考える人が私は結構好きなのだ。

この物語について、「上」に属していた人の感想が聞きたい。あと男の人の感想。
主人公の気持ちがわかるのかどうか。
あと、結佳や私と同じようにカースト下層にいた人達とも感想の交換をしてみたい。
単に下である私達が卑屈になり過ぎていたのだと今にしてみれば思う。
下であることに甘んじていた、その立場にとどまっていたのはあくまで自分達の意志と凝り固まった自意識だった。


この本を読んで自分も「世界にさわって」みよう=ある人に言いたいことを言ってみようかなと一瞬思ったけどやはり無理なのだった。
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