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映画『愚行録』を見た(ネタバレあり)  

映画『愚行録』を見に行ったので、ダラダラと思ったことを書き連ねていきます。
思いっきりネタバレです。
この原作者の貫井徳郎さんの本はいくつか読んだことがあって、『慟哭』とか面白かった記憶がある。
読後暗い気持ちになるいわゆる「イヤミス」ジャンルの作者である。
たしかに愚行録も読んだのに記憶がまったくない…と思って映画を見に行った。
結局見ていても被害者一家の田向という名字と、関係者の一人が語っていた話にうっすら記憶があるくらいだった。

主な登場人物は、
田中武志(妻夫木聡)
田中光子(満島ひかり)
田向(小出恵介)
田向の妻 旧姓:夏原(松本若菜)
宮村(臼田あさ美)
宮村の元彼氏(中村倫也)
田向の元彼女・稲村(市川由衣)

・ストーリーについて【ネタバレ!!!】

兄・田中武志と光子は両親から虐待を受けながら互いに支え合ってきた兄妹である。
妹の光子が幼児虐待容疑で留置所に入れられている所から物語は始まる。
光子は虐待を否認するが、娘はかなりの衰弱状態にあった。
時を同じくして、週刊誌記者である兄は、とある住宅地で一年前に起こった一家惨殺事件の生前の被害者を知る人々に接触取材を試みる。
そこで田向夫妻の裏の顔とも言える姿がさまざまな人物によって語られるが…
(以下結末)


何者かに殺された田向の妻と光子は実は大学の同級生で、光子が生まれながら手にし得ないものをすべて持ち合わせていた。
10年ほど経ち、街で偶然幸せそうな彼女を目にした光子は、激しい嫉妬心に突き動かされて衝動的にその足で尾行をし、半ば精神錯乱状態になって家族もろとも殺してしまう。
兄は田向の周辺の人物に取材をして回る中で、かつて妹と交遊のあった宮村を殺害した。
その直後、光子の娘の命が尽きる。
実はその子の父親は兄であった。

どんな人間にも愚かな部分というのはあって、それを多面的に明らかにしていくことで隠された人間性が見えてくる。
結局もっとも愚かなのは田向一家を皆殺しにした光子と、種としてのタブーを犯してしまった兄だったというオチ。
田中がこのタイミングで話を聞いて回ることにしたのは妹の罪を知ってそれを言い当てそうな人間の口封じをすることが目的だったということだと思う。
宮村殺しを煙草の吸殻を使って元彼氏になすりつけたけど、元彼氏の煙草の吸殻を採取しておくことも計画に入っていたんだろうか。
殺人の動機としては妹を愛していたが故に、宮村が妹を嘲笑したことで頭に血がのぼったものと思われる。
嘲笑するというか、お前に妹を憐れまれる筋合いはないと思ったんだと思う。
そしてその後田中兄妹はどうなったのか。
彼らの罪はすぐに暴かれ、心中するのではないかと予想する。
いやでも妹は獄中か…

光子が大学の男友達に連れられてマンション?の一室に入っていくシーンがよくわからなかった。
複数の男に乱暴されたということだろうか。

・映像について&余談
皆老けていて大学生に見えなかった。
満島ひかりなんて映画『悪人』でも大学生役だったのに、もっとも大学生っぽく見えた。
余談だけど悪人でも妻夫木と満島ひかりは関係を持っていたしどちらも幸せにならなかった。
妻夫木にいたっては私が前回映画館で見た作品が『怒り』で、もう見る映画見る映画幸せになれない。
宮村撲殺シーンはもうちょっとそれっぽくしてほしかった。
わざと明らかに空振りの演技をさせてると思うけど意図がわからん。妻夫木ならもっとうまくやる。
実は光子の話と宮村の話がリンクしていて、それぞれの回想シーンに実はお互いがいたというのはベタながらアハ体験的な仕掛けだった。
宮村の回想シーンで、夏原に取り入ろうとする女子学生の子役に、いかにも喪女って感じの子があてがわれていて悪意を感じた。
管弦楽の不穏な音楽はとても好みでした。

・感想
全員清々しいほどのクズ人間だった。
お金持ちの世界って恐ろしい。しかし本当に恐ろしいのは見栄とか虚栄心とか人を出し抜こうとすることなのかなと感じた。
そこまでして華やかな人間に近付きたいか?
人を足蹴にして手に入れた幸せが本当の幸せなのか?

でも世の中にはたしかに「向こう側」の人っていて、そういう人って下々のことをどう思っているのだろうかとつくづく思う。
原作を読んだのにこれほどまでに記憶がなかったのは、登場人物の考え方があまりに自分と違っていて(つまり向上心とか人を踏み台にしてものし上がろうとか)うまく入り込めず、「知らない世界の知らない人々の話」として処理してしまっていたからだと思った。
モデルは二大有名私立大学だけど、そこに実際ああいう階層社会があるのか私には知る由もない。
でも家柄というものはどうしても生まれる親を選べないので運命と言ってしまえばそれで終わりだ。
それは否定できない。
だから金持ちの家に生まれなかったら生まれなかったなりに相応の生き方をするというか、相応の人生で満足とまではいかなくても自分の中で折り合いをつけられる価値観を持つことが一番メンタルにいいと思うけど、世の中には上が見えているなら自分がそこに行けないはずがないと強く思う人間もいる。この話で言うと田向や光子のような。
田向はどんな手を使っても自分の思い描く幸福を手に入れたくて、複数の女友達に口をきいてもらって(それで修羅場になるシーンがある)コネ入社が決まっていたけど結局実力で希望の会社に入るという、クズだけど一貫した意志があった。
実力があるのは結局彼もそれなりの家庭に生まれて名門大に入ったからだ。(映画では稲大と言っている・つまり…)
結局これも決められたレールみたいなもので、持ってる人は持ってるよなというのは私自身就職活動のときに感じた。
私だって家族の呪縛から逃れられていない。家族が機能している家の子供はまるで行く道が見えているかのように安定した人生を送るように思える。
でも私は光子のように謂わばヒエラルキーを踏み越えてそちら側に行きたいとは思わない。
言ってしまえばもう卑屈な考え方が身に沁みついてしまっているし、たぶんそちら側に行ってもつらいだろうということが分かっているからだ。
映画の中で、光子がお金持ちの男に話を合わせているシーンが痛々しかった。
そして私は上の人からの無意識の暴力にさらされたくない。
例えば見えないもの・いない人のように扱われるとか。経験あるなあ。うっかりイケイケグループに交わってしまった時とか。
彼らは異質なものをあくまで自然に排除する能力に長けている。

「光子の不幸は美人だったこと」と宮村は言った。美人だったからこそ、お金持ちグループと交流をもつことになり、それがさらに光子を嫉妬で苦しめる結果となった。
男だったらどうだろう、と思うけど差はあれど顔面ボーナスというものはなくはないと感じる。
男はそれを他の能力なり長所で埋めていくことが女よりはたやすい。
身分相応で生きろという教訓の映画、とまとめてしまうとあまりに短絡的な気もするけどそういう話だった。
身の丈に合った暮らしを受け入れ、それで過不足ないと思える人間になろう。
松本まりかさんかわいかったなあ。
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