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もてない人間の雑記帳・ゆるく断捨離中

衣替えと服の整理  

寒くなってきたので、夏物をしまう準備をし、この夏着なかった服も整理した。

まず夏服の洗濯だけど、薬局でお試し価格200円で売っていたので試しに買ってみた「トップスーパーナノックス」を使ったら脇の汗じみが取れてよかった。
どうしてこんなに脇汗って発生するんだろう。困る。

また、これからの時期よく着ると思われる綿100パーセントのちょっとけばけばした長袖シャツはエマールで手洗いして、これまた少し汗ジミになっていたので台所洗剤をつけた歯ブラシでこすった。
これは最近ネットで見てやっている方法だけど、普通に洗って終わらせるよりも多少効果がある。
ちなみに最近シリコン製のパソコンキーボードカバーを洗うのにも台所用洗剤を使った。
これがまた見違えるほどきれいになって気持ちがいい。
早くやればよかった。

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あと、見た目がオシャレという理由だけで最近は無印良品のアルミハンガー(3本320円)を使っている。
決して安くはないんだけど、ハンガーが統一されると気分がいいし、Tシャツの肩に跡がつきにくい設計なのがいい。
それといろいろなハンガーを併用するよりクローゼット内のスペースが節約できた。

そして服の整理。
捨て報告16/10/16)
・着すぎてどうしても黒ずみがとれないシャツ
・穿きすぎてボロボロのジャージ
・わりと気に入っていたけど5年くらい着てるし今年は一度も着なかったブラウス2枚
・いつ買ったのかも忘れた(もしかして親戚からもらったのかもしれない)半袖カーディガン2着

そしてまだ捨ててないけど、最近カーディガンを1着買ったのでようやっと毛玉だらけのよれよれカーディガンを捨てることができる。
…と思ったけど冬寒いときに家で着よう。
久しぶりに服を定価で買った。ラスト1着だったし、服ってけっこう一期一会的なところがあるから…
カーディガンなら絶対着るし。他のものなら見送って違う商品をセールで買ったかもしれない。

気に入ってるのにあまり着ない服ってたまにあるけど何なんだろう。
実は気に入っていないのか、それとも傷むのが怖くて着られないのか。
結局気にせず頻度高く着ることができるほど丈夫な服というのがいいんだと思う。

だんだん学生の時から生き残っている服が減ってきたと感じる。
時の流れが怖い。
今年もあと3ヶ月を切った。

category: 掃除・物減らし

tag: 捨て報告 
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『しろいろの街の、その骨の体温の』感想  

しろいろの街の、その骨の体温の (朝日文庫)
しろいろの街の、その骨の体温の (朝日文庫)

村田沙耶香さんの『しろいろの街の、その骨の体温の』を読んだ。
衝撃がすごすぎて、自分自身のことと絡めつつしばらくこの本のことを考えてしまった。
以下ネタバレ含む感想。
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category: 読んだ(本)

tag: 書籍 
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うずまきマンホールと書店の所感  



丸善丸の内本店へよく行く。
あの圧倒的な本の量と、うず高い本棚を見るとなんとなく気持ちが高揚してくるからだ。
今日も1時間くらいウロウロしていた。
文房具売り場を覗かなかったので短い方だ。

思ったこと
・「世界で一番」「最も○○な」「最高の」と自ら謳っている本が多い
…たしかに買いたくなるもんな。似たような本がたくさんある場合、「いちばんやさしい」とか書いてあったら買ってしまう気がする。

手に入れた情報
・施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』アニメ化計画が進んでいるらしい(帯に書いてあった)
バーナード嬢曰く。
バーナード嬢曰く。

読書が苦手な高校生が読書好きな同級生に本を紹介される話。
基本的に表紙の一コマみたいなテンションが延々続く。
読書案内漫画としても面白いと思う。
果たしてどんな風にアニメ化されるのか。

・「怖い絵」展 2017年に開催決定
中野京子さんの『怖い絵』シリーズの新作が出ていて、その売り場で知った情報。
絶対かなり混むだろうな。
少しめくっていてカラヴァッジョの絵が紹介されてたんだけど、今年上野であったカラヴァッジョ展を思い出した。
今思い返してもいい展覧会だった。
バカみたいだけど絵がうまい。
絵なのに肌に体温を感じる。全員しっとりしたもち肌。
そういえば展覧会グッズのしおりを買ったんだった。
ミュージアムグッズって心惹かれるものが多くて困る。
津村記久子さんもエッセイで書いてたな…

冒頭の写真は何だって話だけど、丸善丸の内本店が入っている丸の内オアゾのマンホール。
このうずまきの他に桜ととんぼの模様のものがある。
中でもこのうずまきマンホールが妙に好きで、行くたび地面を眺めてるんだけど、今日ついに恥をしのんで写真に収めた。

category: ふつうの日記

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映画『セトウツミ』がものすごくおもしろかった  

映画『セトウツミ』を見てきた。
これがすごく面白かった。

どういう映画かというと、男子高校生が放課後に川辺で座って話してるだけの話。
劇的なことはとくに起こらない。
ただずーっと話してるだけで、映画の95パーセントがほぼ同じ画。
5月から始まって冬で終わるので一応季節が移り替わるくらい。
原作はチャンピオンで連載してる漫画で、そんな動きのない漫画を映画化しようという試みがまずすごい。
そしてこの映画をわざわざスクリーンの大画面で見るというのは贅沢な気分がしてよかった。


登場人物は高校2年の「瀬戸」と「内海」、そしてマドンナの「樫村さん」くらい。
瀬戸はひょうきんなお調子者で、誰とも屈託なく話すようなタイプなのに対し、内海は勉強ができて理屈っぽく、学校の中では他人を寄せ付けないタイプという対照的な二人が独特の間合いで会話をするというだけの話。
ネタバレも何もないんだけど以下見終わった上での感想。






基本的にギャグなんだけど、たまにしんみりしたりほほえましい気分になったりする場面がある。
内海は他の級友とは話すことを億劫がっているのに、瀬戸とはちゃんと話す。
バカだなと思いつつ、きちんと頭で考えたことを返す。
それは他の誰でもない「自分」に向けられた言葉だということを無意識に感じ取っているからだ。
瀬戸のほうも内海と対等に話して言葉がポンポン出る時点で頭の回転が速いのだと思う。
そして内海の言葉に一喜一憂したり感心したり疑問をぶつけたり素直なところがいい。
二人を見ていると、一人の人間の中の二つの要素を見ているような気分になる。
一人の人間を二つに裂いたみたいだ。
逆に言うと二人を合わせると一人のバランスのいい人間が完成しそう。

夏休みにいつもの川辺で花火をするシーンが特に好きだ。
わざわざ夏休みに会ってるんだとか思うとホンワカする。私服がそれらしくて面白い。

ラストシーンは冬なんだけど、これもすごくよかった。
「わたし内海君に嫌われてるから」と送ってきた樫村さんに、瀬戸が「俺は樫村さんのこと好きだよ」と送るのをやめて「あいつネクラやから」と打ち直すところでまたホンワカした。
お互いを分析してる所に友情を感じるというか、どうでもいい相手ではないんだなと思える。
友情って言葉に出したりわかりやすく可視化したりするものではないんだということを、この映画を使って世の中に声を大にして言いたい。

どんな過ごし方であれ(この二人なんて無駄話しかしてない)、10代を登場人物とした話が青春や少しの寂しさを感じさせる所以はその刹那性にある。
この二人も、きっと卒業したら会わなくなってしまうだろうなと思う。
自分にも覚えがあるけど、顔を合わせる場所があるから親しく話すけど、環境が変わってわざわざ約束したり待ち合わせてまで会う友達というのはかなり限られてしまう。
瀬戸と内海の交友は化学反応で、その出会いがそれぞれの事情によって生まれた自然の流れだったように、別れもまた外的要因に沿ったものになるだろう。
その予感があるので、一見どうでもいいような時間が見ている方にはとても貴重な時間に思える。
というか、思い出の中の劇的な出来事は「思い出」というラベルをつけてそれはそれとして必要なときに記憶を呼び出せるけど、ダラダラとした時間のほうは今と地続きでつながっている気がするのに二度と訪れないから振り返った時に感傷が伴う。
私の場合は、戻りたい時間として思い出すのはいつも無意味に学食でアイスなんか食べながら話していたあの時だ。

役者さんに関して言うと、瀬戸役の菅田さんと言えばグラブってる人で池松さんに至ってはよく知らないって感じだったけど、見終わるとちょっとファンになっている自分がいる。
瀬戸が話しながら学ランを脱いだりするのとか原作にはなかったけど、あーこういう高校生いるよなって思うくらい自然で、本当に現役高校生なんじゃないかと思えてくるから不思議だ。

なんかもう高校生可愛いわねぇっておばちゃん目線で見てしまった。
しかしこれは一種のファンタジーなんだと思う。
男子高校生というある意味未知の生き物の生態をのぞき見しているようでいて、実はきれいなものだけを集めたフィクションなのだ。
セトウツミのいいところは下ネタが出てこないことだけど、それ一つをとってもフィクションだよなと思う。
男子高校生だし。

久しぶりに創作物に対して熱の入った感想を書いてしまった。
続編作ってほしい。

(追記)
セトウツミのファンタジー感はらきすたやけいおんのファンタジーさと同じだと思う。
同じジャンルと言っても過言ではない。
女から見るとあんないい子ばっかりのほのぼの学園生活はありえないもんな。

category: 映画

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コーヒーバレーフレンチトースト  



拍手ありがとうございます。
写真はしばらく前に行った池袋COFFEE VALLEYというカフェのフレンチトースト。
ジュンク堂書店の近くの店で、池袋にはめずらしいおしゃれな店だった。
時間つぶしで入ったけどそれなりに混んでいた。
フレンチトーストが好きで気が向いたら調べて食べに行っているのでそれを載せていこうと思う。

『時計じかけのオレンジ』の新訳版を読んでたんだけど、わかりにくかった。
しかも暴力描写が多くてげんなり…こんな極悪非道な15歳嫌だ…
そして話の内容を5行くらいで説明できそうだ。
暴力暴行窃盗殺人などを快楽的にしまくっていた少年が刑務所に入り、そこで矯正プログラムを受けることになる。
そのプログラム内容とそれによって彼の内部に起こった変化とは…?という話。
あまりの暴力っぷりに日本人でよかったと思った。
さすがにこれはフィクションだと思うけど15歳がやるにしてはひど過ぎる。

最近の生活は何一つ変わっていない。
先日学生時代の集まりがあって、めでたい報告がいくつかあった。
私は何も変わっていない。そのことが毎日頭をもたげている。
別に恋愛関係のことではなく、人間として変わっていないことに劣等感をおぼえる。
ある役者さんみたいな人が失踪して丸三年を経て帰ってきたという話を見たんだけど、例えば私のここ3年間って何も変わってない。
仕事もその他の生活も。むしろ悪くなってるくらいだ。
それがひどく虚しく思えて、最近はそのことばかりを考えている。
いつも実行することを後回しにしてしまうけど、動かないといけない。
そう思いつつ尻が重い→自己嫌悪をずっと繰り返したまま8月が終わろうとしている。

別館は引き続き工事中です。進展なし。これも人生の停滞を感じる原因だ。

category: ふつうの日記

tag: フレンチトースト  カフェ 
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捨て報告16/8/10  

いくつか物を捨てた。
最近いくつか新しく買っているものもあるので、持ち物の数はコントロールしなくてはならない。

捨て8/10
・使いまくったエコバック
・プーさんの手提げ
・ペットボトルのおまけでもらったハンカチ3枚(雑巾として使ってから捨てた)
・詰め替えを買わない消耗品の容器×2

そんなに多くないな。
服も買い足したので(主にTシャツ)古いものは寝るとき用に回そうと思う。

関係ないけど腹筋を始めた。
始めて10日、体重ウエスト変化なし。
もう少し頑張らないと。

category: 掃除・物減らし

tag: 捨て報告 
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死にたくなったら本屋へ行こう  

思い返すと先日までの憂鬱はPMSだったような気がする。

憂鬱なときは本屋に行くに限る。
何かしらのセンサーを作動させて、この世に興味の対象があることを自分に再認識させるのだ。
手が届かない所にまでびっしり本で埋まっているような、なるべく大きい書店がいい。

とは言っても読書も飽きてきてしまった。
やることがないから結局本を読むんだけど集中力が長続きしない。
なのに今日また図書館に行ってきた。
日経ウーマンを読むと女としての正解の生き方を見せられているような気がする。
マナー特集みたいなので、中も外も美しく!みたいな世の中に閉塞感だわ…
もちろん礼儀を欠いた人間になってはいけないと思うけど、何事もまごころがこもっていれば(自分でちゃんと考えて相手を思ってしたふるまいなら)だいたいOKだと思っている。
あれはだめ、これはだめって縛られたくないんだと思う。

ところで、唐突に自分は過不足なく発言することがものすごく苦手なんじゃないかと思い始めた。
いつも言い過ぎるとか一言多いとか情報を出さなすぎとかそもそもの口数が少なすぎとか…
それであの人はわかってくれないだの、この集団は見込みがないだの思っているような気がする。
今ちょっと一方的に話し過ぎたと思って嫌われたんじゃないかとびくびくしている相手がいる。
それならそれで仕方がないんだけど。自分が悪い。

category: ふつうの日記

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涼しい大暑  

やることがない。
人生がつまらなくて死にそうだ。
昔の日記を読んでいたら今の仕事を始めた頃は元気そうだった。
仕事がうまくいっていたというか、新しいことを始めたばかりで、やっと社会の歯車の一員になれた安堵感から不安も何もない状態だったのだと思う。
それから幾年が過ぎ、ずっと同じ仕事ばかりでこのままでは何の専門性も身につかないしいつまで経っても誰でもできるような仕事しかしていない状態ではいけないと思い始めているのが今で、昨年くらいから精神的に落ち込んだ状態が続いている。
楽しいことも、楽しみなことも何もない。
人と会うこともあるし、会っている間はきっと大丈夫に見えていることだろうと思うけど、日常的にずっと続く泣きそうな感じがつらい。
仕事を変えるのが一番いいと思うけど、そのやり方を失敗した。
誰にも言ってないけど。
また作戦練り直しでそれが最も面倒くさい。
もうすべて投げ出してしまいたい。

category: ふつうの日記

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角田光代『愛がなんだ』読了  

最近続けて角田光代さんの小説を読んでいる。
歌人の枡野浩一さんのポッドキャストで角田さんの本の話が出たことをきっかけに読み始めた。
一部ツイッターに書きなぐった文章と重なるけどちゃんと感想文を書いておくことにする。

愛がなんだ (ダ・ヴィンチ・ブックス)
愛がなんだ (ダ・ヴィンチ・ブックス)

『愛がなんだ』は28歳会社員のテルコがとある集まりで知り合った田中守通称マモちゃんに惚れぬいてでも都合のいい女におさまり続けていてマモちゃんには他に好きな女ができて…という話。
テルコは生活というか生命活動の中心がマモちゃん一色になってしまって大人としてどうかと思うような行動をしてしかしそれは自覚してるけど直すつもりはなくて、他人に指摘されようとも絶対に変えることはない。
本当に本当にどうしようもないんだけど、この主人公と私自身は実は紙一重かもしれなくて、かなり微妙な針の触れ幅で自分がそっちに行ってしまう可能性なんて存分にあるように思えてきて、自分がこうならないと信じて彼女の行動を批判するなんてどうしてできようかと思う。
そう考えると恐ろしいものがある。
現に一人の人間のことが頭にこびりついてひとときも取れなくて自分はどうかしているなと思うことがあるからだ。

好きとか執着とか純粋とかわからないけど湧いて出る感情というのはたしかにあって、他人から見たらひどく滑稽だったり常軌を逸してたりするんだけどそんなのどうでもいい、気にもならないと自然に感じているときの状態こそ我々が普段社会生活の中で押し込められてるものの正体だと思う。
皆そういう部分を理性で無意識に圧し殺して生きている。
一生発症しないから気が付かないという人が殆どだと思うけど。

こんなことしたらかっこ悪いとか思ってるうちはまだまだ尻が青いんだなーと思った。
テルコのように本来好きとか嫌いとかに恥や外聞は介入してこないものなのだ。
でもそれも度を越すとテルコのように相手や周りの人にけっこう迷惑をかける。
そこの調節機能がもうバカになっているというか機能としてついてないのがテルコという人間だ。

ただまあ、テルコがやってる事っていうのは私が思うに恋愛ではない。
別にうまくもないけど頭の中に浮かんだイメージとしてツイッターにも書いたんだけど、こうおにぎりを握るように徐々に形を整えて相手との関係を作り上げていく過程のことを恋愛と言うのなら、テルコのそれは米も具もぐっちゃぐちゃに相手に投げつける感じ。

テルコの男バージョンとも言える登場人物がいて、その男はテルコの友達に片思いをしてるんだけど、やがてそれをあきらめようとする。

P208 ナカハラくんはおそらく、交際もできないのに葉子を好きでいること、好きでいて、あれこれと彼女の欲求を満たしてやることに疲れたのでは、けっしてないだろうと思った。たぶん、自分自身に怖じ気づいたんだろう。自分のなかの、彼女を好きだと思う気持ち、何かしてあげたいという願望、一緒にいたいという執着、そのそべてに果てがないことに気づいて、こわくなったんだろう。

また、物語の終盤ではこう締めくくっている。

P217 マモちゃんの恋人ならばよかった。(略)いつか終わる片恋ならよかった。いっそストーカーと分類されればよかった。幾度も私はそう思ったけれど、私はそのどれでもなくどれにもなり得ず、そうして、私とマモちゃんの関係は言葉にならない。(略)だったらどこにもサンプルのない関係を私がつくっていくしかない。

こうしてテルコはマモちゃんとの関係を終わりにできない。終わりとかハナからないのだ。
テルコの人生が急に終わらないのと同じように、それに付随したこれも終わる終わらないの話ではない。
「愛」と一言で片づけられたら、恋人とか片思いとか言うように形や名前を与えてしまったらどんなに楽か、そのあまりの複雑さ、説明できなさが『愛がなんだ』という一言に集約されているのだと思う。

category: 読んだ(本)

tag: 書籍 
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昼食の憂鬱  

拍手ありがとうございます。
こんな面白味もない日々の話を誰かが見てくれていると思うだけで嬉しいです。

会社での昼食のことは前も話題にしたことがあるけど、会社の人と食事をとることが苦手すぎてよく外で一人で食べている。
誰かと食べることそのものではなくて仲良くもない人と一対一が嫌なのだ。
島を無人にできないので毎日二人ずつローテーションを組んで昼食を摂るんだけど、その場所が無人無音テレビラジオなしなので気まずくて死にそうになる。
会話すればって感じだけど、いつもこちらが発話してもすぐ終わってしまうので疲れてしまった。
それが誰と一緒でも起こる。
無言でも相手は気にしないのかもしれないけど…私はそうやって気を遣いながら食事するくらいなら環境が悪かろうと一人がいいのだ。

食堂を使う日もあるけど、それをする元気もないときはコンビニで買ったものを公園やベンチで食べるんだけど、改めて数えてみると

公園
児童公園
向こうの公園
近くの小さい仏閣のベンチ
商店街のベンチ
セブンイレブン横
橋のたもとのベンチ
違う橋のたもとのベンチってほどでもない椅子
ちょっと遠い公園
ホームセンターの軽食コーナー
土手っぽい所のボロい椅子

とこのように10ヶ所以上も人に見つからない場所を持っていて日々転々としている自分はおかしいのではないかと思い始めた。
ごくたまにちょっと歩いてラーメン屋やファーストフードまで行くこともあるけど滞在時間が10分とかになってしまう。
そこまでして人と食事したくない、話したくない、あの空間にいたくないってもうちょっと強迫観念入ってるよなと思う。
これをリアルの友人知人に話すと仕事をやめろとか私ならこうするとかアドバイスされるけど、何度も言うように私はアドバイスは求めてなくて、ただ聞いてほしいだけなのだ。

最近読んだ本に、そういう辛さを撒き散らすのはお互い様だから、自分がそうしてしまったとしても誰かがそういうモードの時は受け止めてあげればいい、というようなことが書いてあって少し気が楽になった。
あまりに自分が言い過ぎではないかと思ってたから。
わたしも誰かの心のお布団?になりたい。
お布団なんて理想が高いな。あんな最高なもの。毛布1枚とか?
この本、啓発本かと思いきや実践的にそれなりにためになることが書いてあったので読んでよかったと思います。
もっともああと思ったのは、知らない人にその人の知らない話題を説明するのがコミュニケーション上達の練習になるということ。
私は固有名詞に説明が不要な人とばかり話したがる傾向にあるし、そういう居心地がよくて当然な相手に寄り掛かりたくなる。
要は楽をしたいだけだと自分でも思う。
鴻上尚史『コミュニケイションのレッスン』という本です。
この人の本というか戯曲の文字起こしを何度も読もうとして挫折してたので敬遠してたけどこれはよかった。

category: よもやま話

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